本日、4年生のメッセージ第18回目!!
今回は長距離選手 瀬元雅人、髙橋一颯のメッセージです!!
瀬元雅人
4年の瀬元雅人です。
先日行われた元旦競歩と箱根駅伝をもって、競技生活から引退いたしました。
振り返ると、私の10年間の競技人生はその大半が苦しい時期でした。中学時代に陸上を始め、自由ケ丘高等学校駅伝部に「駅伝で活躍したい」という思いで入部しました。しかし、実力不足から練習についていけず、怪我も多く、苦しい日々が続きました。そんな中、高校1年生の秋に競歩と出会い、これが私の競技人生の大きな転機となりました。
当初、競歩に興味はなく、「早く辞めて走りたい」と思っていました。そんな私を、監督や先輩方が熱心に指導してくださり、次第に競歩の魅力に惹かれるようになりました。そして「競歩で全国を目指したい!」と思うようになりました。とはいえ競歩の世界も厳しく、高校時代は県大会出場が精一杯で、多くのレースで失格してしまいました。不完全燃焼のまま競技を終えることが悔しく、大学でも競歩を続けたいという気持ちが強まりました。
法政大学陸上競技部とご縁をいただき、競歩選手がいない環境での入部を受け入れていただきました。大学生活はコーチ探しから始まり、1、2年目は一人暮らしの家事、部活、学業の両立に苦しみ、結果もなかなか出せず、何度も心が折れかけました。しかし、コーチ、同期、先輩、トレーナー、マネージャー、家族、そして応援してくださる方々の支えのおかげで、3年目から少しずつ練習の成果が現れるようになりました。そして3年秋には、入学時に掲げた陸上人生最大の目標である日本選手権の標準記録を突破することができました。
4年目には関東インカレにも出場し、高校時代から続く苦しい5年間を諦めずに耐えてきたことが報われたと感じました。一人ではここまで成長することはできなかったと思います。本当に多くの方々の支えがあったおかげです。最後の元旦競歩では自己ベストを50秒ほど更新し、チームにも良い流れを作れたと感じています。高校時代に果たせなかった「完全燃焼」を達成し、最高の形で競技生活を終えることができました。
競技人生の大半は苦しいものでしたが、諦めず地道に取り組むことで、誰もが無理だと思っていた目標を達成できました。これ以上ない充実した競技人生だったと思います。
法政大学陸上競技部に入部して、本当によかったです。
改めて、これまで支えてくださったすべての皆様に感謝申し上げます。
ありがとうございました。
髙橋一颯
第101回箱根駅伝を終えて、中学校1年生から始めた10年間の陸上競技生活に終わりを迎えました。まずは坪田さん、成田さん、苅部さんを初め、その他スタッフの皆さんお世話になりました。
この4年間を振り返ると、うまくいった事よりもうまくいかなかった事の方が多くありました。2.3.4年と3年連続で箱根メンバーに入れていただいたものの補欠で出走する事が叶わず、昨年細迫さんと交わした「5区に出走する」という約束も守れず、他にも応援していただいた方々の期待を裏切る形となってしまい、申し訳なく思います。
この4年間は様々な要因で辞めたくなる事が増え、高校まで楽しめていた陸上が大学では嫌いになってしまっていました。本気で辞めようと思った時になんとか最後までやり切る事ができたのは支えてくれた家族、そして同期が居たからだと思います。
この同期が居なかったら、自分は最後まで部活を続けられていたかわかりません。この選手13人+マネージャー・トレーナー6人、誰も辞めずに4年間過ごせた事を本当に誇りに思います。
そして何より10年間の競技生活を支え、応援してくれた家族には感謝しかありません。本当は箱根駅伝を走って恩返ししたかったですが、力及ばず、その夢を叶えることはできませんでした。それでも、どんな時も支え続けてくれた家族のおかげで、ここまで走り続けることができたと思っています。競技者としての目標は達成できなかったですが、この経験をこれからの人生に生かして、別の形で家族に恩返ししていきたいと思います。
改めて、本当にありがとう。
これからもよろしく!